たぶん、きっと、わすれられない人、と、はたらくことについて。

人間的に尊敬できる人に出会うことは、生きている中でも最上級の幸せだ。

どんなに長時間話しても、その人の核となる部分に話題が向かないと、コミュニケーションは希薄だ。核となる部分を話せたら、それが短時間でも、一生心に残るだろう。核となる部分を話し合えるようになるまでの時間が短い人は、本物のコミュニケーション能力を持つ人である。

出会ってから短時間で、自分の核となる部分を話題とし、心から真剣に対話することができる、そんな人間的に尊敬できる人に、東京から離れた山近く風強い田舎で、わたしは社会人になって以来初めて出会った。
こんな仕事をしていなかったら、到底出会うことがなかったから、この仕事を選んでよかった、とさえ思える。

彼は、学生のころ、田舎でお山の大将だった。勉強もスポーツもできるハンサムな生徒会長で、かわいくて目立ってた女の子と付き合い、大学に行くはずが、18の時彼女が妊娠しできちゃった結婚。それをきっかけに工場で夜勤もしながら働き、持ち前のリーダーシップと観察力、頭の良さで技術者として上に引き上げられようとしていた。こんな人本当にいるんだ、と出会えたことに感動してしまう。いつも人から何かを学ぼうとし、人の良さを引き出そうとする、その優れた人格に刺激を受けた。そんな彼から学んだ大切なことを少し書き出してみた。

〈学んだこと、大切だと気付いたこと〉
・楽観すること
・失敗しても笑って前に進むこと(失敗しても、何かやってみないと先に進まないから)
・学ぶことを続けること(メモをとって、わからない言葉はわかる人に質問すること)
・言うべきことははっきり言うこと
・人の背中を押すこと(人の力を信じること、楽しい気持ちで取り組むこと)
・考えること、指導する時は本人に考えさせること(論理的に考えることはおもしろいし、おもしろさを人に伝えることを大切にすること)
・観察力(いくら頭が良くてもこれがないといい仕事はできない)
・観察した結果何かに気付くこと、つまり「感性」が大事であり、それを意識して行動すること
・しらふで人と気持ちの良いコミュニケーションをすること(飲みニケーションではなくて)
・人を楽しませること
・よく笑うこと
・家族を大切にし、負ける時は負けること(奥さんや娘には「ごめんねー」と負けておく)

以上の本当に大切なことや技術的な考え方や知識をわたしに教えてくれた人が高卒であることは、院卒のわたしにとって驚愕であった。いくら有名大学で学び、頭が良く知識があっても、仕事で使えなくてはだめだし、人に伝えられなければ意味がない。入社して様々なことを学んだけど、彼からの学びが一番深く大きかった。革新的な技術やビジネスは、いろんなキャリアパスの人の力が必要で、いろんな壁を打ち破っていかないといけないのではないかと思った。
信頼できる人から学ぶことはなんて吸収が速いんだろう。こんな幸せな体験は、たとえ一瞬であったとしても一生忘れられない。

わたしは今、自分がこの会社でこの仕事を希望して本当によかったのかな、と悩んでいる。自分の能力や性格に向いているのか、職場の環境は合っているのか。配属時からやる気もあってがんばってきたのに、最近しっくりこない。原因はいろいろある。1年目だからとか、やや感覚で選択してしまったきらいがあるからとか。転勤や出張の多い仕事だ。会う人もさまざま。それが魅力で、希望した仕事だった。環境の変化に慣れなくて、でも楽しいこともあって。雇用され、組織に翻弄される。でも、なんで好きな人と好きな場所で仕事できないんだろ?こんな疑問は子供っぽいとわかってる。マネジメントされる組織に所属するから、我慢しなければならない。でも生身の人間の純粋な願いだと思う。組織に翻弄される人生が当たり前っておかしくないか。国や企業、家族など、個人を縛るものが多すぎると個人の力が委縮してしまう。カズオ・イシグロの「私を離さないで」を最近読んだが、その世界に通じる思いがあり、胸が詰まった。やっぱり自分の働く場を考え直さねばならない。

この土地の、1000mを越す山から吹き下ろす風は、強いというより大きい。広い空間を通過してわたしに届く。晴れた日は三方を囲むような山脈の美しく、夜は星もきれいなこの土地で働き暮らすのは、東京でより精神的に楽だ。京都のこと、自分の小さかったころのこともいろいろ思い出す。人が素朴で食べ物はうまくて、空間は広くて、車は一人一台だ。東京にビジネスの実権は握られ海外との競争にも曝されつつある、ちょっと退屈だけど、でも幸せなユートピア。ここで生きるのも全然ありで、東京も地方もどちらも素晴らしく、どちらで生きる人も稼ぎや職種がどうあれ、幸せに差も無く、仕事への取り組み方や生き方の真剣さにおいて、素晴らしいのだと思う。

こんな人とずっと一緒に働けたらいいな、と思う人だったし、仕事関連で出会ったからこそ刺激を受けることができたのかもしれない。だとすると、モヤモヤした思いを抱えつつも付き合わねばならないこの仕事ってやつには感謝しなければならない。
わたしは働いてまだ1年目で、ずっと同じ会社にいるつもりはない。どんな仕事をしたいのか、とりあえず働いてみて自分の中に仕事選びのフィルターを形成しつつある段階にいる。そんな中、素晴らしいと思える人に出会える仕事、素晴らしいと思える人に出会う確率の高い仕事、というフィルタリングは結構重要度高いのではないか、と思う今日このごろ、もうすぐわたしは、大好きな人たちおいしい食べ物かわいいカフェと雑貨屋素晴らしい自然を後に大好きなこの場所を、去る。