工場

工場実習に来ている。

ここは、日本の田舎。
田があり、大小の川があり、向こうに山が見える。もうすぐ風薫る五月が来る。気持ちのよい季節だ。このまばゆい緑の中、自転車で工場へ向かう。ここには、仕事があり、季節があり、美しい景色がある。喜びが、こみあげる。

人は、主に車で移動している。
ここには、ジャスコがない。
でも、車で10分以内の距離の、主に国道沿いに大小様々な店があり、買い物には困らない。
本屋の品揃えが悪いのが、わたしにとって難点だけれど。

・・・

工場に来てから、一週間以上たった。
もう五月になった。時間の経つのが速い。平日は、自分と向き合う時間はあまりない。

では、働いている間、何をしているのかというと、工場の作業に対しては実習生の身、ほとんど役立たずなので、現場の人をぼーっと見てたり、一緒に話したり、している。
どんな人たちなのか、少し紹介してみよう。

Xさん
目が大きく、彫りの深い顔だち。細身。性格は、冷たそうに見えるが、コミュニケーションをとるのが少し苦手なだけで、話題によってはよくしゃべる。不器用で、たまに考えが浅はかなこともあるが、素直で役割にはまじめに取り組む。自己評価は低い、元不良少年。若いころは、やんちゃだった。今は落ち着いて二児の父。

Yさん
黒い。汚れで。煙草吸いすぎで、健康診断ひっかかる。姿勢がよく、細身で、よく見ると足が長い。娘の結婚式にはお金を一杯かけた優しい無骨なおじいちゃん。作業中は黙々と取り組むが、いつもだいたい笑顔で、ご機嫌じゃよ。

Zさん
見た目はB-boy。でも、ロックとレゲエが好き。ラーメン好きだが、ただ今減量中。死ぬ時は、お気に入りのあの店のラーメンのスープに浸かって死にたい。GWは知人の結婚式。二児の父。

こんな感じの人たちが、工場で働いている。
やっぱり、本社より、フリーダムな雰囲気の人たちが多くて楽しいな!

工場の人たちの価値観で共通しているのは、「家族を大切にしている」ところ。
だから、昼は愛妻弁当で、仕事後の飲み会はほぼない。
若者は、出会いや異性に真剣で、中年は、仕事に精を出し家族を養う。また、年長者が若手の異性との出会いをセッティングしてあげるふしがある。

工場外(店や公衆浴場)に出ると、年老いた人ほど、よそ者には排他的だったり、保守的な印象を受ける。素性の知れない人とは関わり合いたくない様子が、見え見えである。そこは、素直だな、と感じる。

いろいろなことがあるけれど、この地域はユートピアである。
高望みをしなければ、なんでもある。
工業高校で一生懸命勉強すれば、狭き門だが工場に就職できて、一生懸命働けば、昇進していく。本社から赴任してきたスタッフ社員と、ラインの主任の給料は、そこまで差がない。
車で1時間かけて通勤する人もいる。

でも、ラインの作業自体は、まさしく3K(きつい、汚い、臭い)だ。
頭を使いたい人にとっては、退屈な職場と感じるかもしれない。

やりがい?
その言葉、嫌いなんだよね。

働くことに、思想はいらない。思想がなければ、怠けられない。
保坂和志『この人の閾(いき)』)

こんな土地も、グローバル化でこれからどうなっていくのかな。
この工場ではないが、中国人研修生が増えてきたという話も聞いた。彼らは車を持たず、自転車に乗っているらしい。
人件費の安い中国人に雇用を奪われると、今のこの地の日本人たちの生活は様変わりするだろう。
グローバルな競争と、このユートピアのようなこの地は、無縁ではない。

その上で、わたしは、まじめで素直な腕のいい日本の職人さんから、手作りのようにして作られる製品であるということを会社がプロデュースできたらいいな、と思っている。
AKB48のように、「この地の、この職人さん達」をプロデュースし、製品をプロデュースするのだ。
これからは、もっともっと、人の時代になってくると思う。ネットを通じて、コミュニケーションも速く、安くなってきているのだ。売り買いのコミュニケーションも、もっと深く緻密になってきてもいい。
製品を通して、多くの人たちが、今まで決して出会うことのなかったXさんやYさんやZさん達と、出会ってほしい。
現場を見たことのない人には、工場では、ものが流れ作業でポンポンできてくるイメージかもしれない。
企業が、ブラックボックス化してしまっていて、見えなくしている。透明化、可視化が叫ばれるこの時代に、それは逆効果で、だからこそ、そこを変えることで、もっと良くなると考えている。

時代や環境は変わるから、新しい方法を構築して取り入れつつ、「家族を大切にして、山や川に囲まれて、日々暮らす」普遍的な価値観と生活を守っていきたいと思う。