引っ越し!

引っ越しをした。この暑いなか。

引っ越し準備は、ひとりで、迷い、選び、決め、ゆずり、捨て、梱包し、運んだりした。
筋肉痛になった。筋肉がついた。
2週間くらいかかった。迷いに迷った。汗をかいた。
友達や家族に電話してわめいたり、同じ寮に住む後輩にわめいたりしていた。年甲斐もない。
ひとりでやるのは、実際大変だったが、ひとりでしっかりやるのが大人ってもんでしょ!という声がどこかから響いていた。
ひとりでも、しっかりと生きていきたい。助け合いながら。

無くても生きていけるものを、たくさん所有していた。
それらは、処分した。
ゴミになった。宇宙のほしくずになった。
その事実に愕然とし、そのプロセスでの感傷的な気もちを、今でもひきずっている。

いっぽうで、清々しい(すがすがしい)きもちにもなった。

もう、前を向いて、歩いていくしかないんだから!


引っ越し手順は、以下のように簡単なものだが、
●引っ越し手順●
0.引っ越し先決める
1.いらないものを捨てる★
2.段ボール箱を持ってくる
3.いるものを入れる
4.荷物を運ぶ
5.荷物を部屋に片付ける

★のいらないものを捨てるところで、それぞれのものへの思い出がよみがえり、いちいち手が止まった。
精神的には、いらないものなんか、無かった。
でも、手ぶらになって歩いたら、ラクだろうから。
なにも持ってなくても、元気で笑っていたい。
本が多かった。図書館で読めばいい。
勉強資料が多かった。大体わかってる。
服が多かった。そんなに着られない。
命さえあれば、大丈夫。

それでも、必要そうなものを選んで、ペットボトル飲料水の段ボール箱20箱くらいにつめこんで運んだ。
山田詠美のPAY DAY!の母親だったか、離婚して家を出ていく時、ものを持っていくか迷っていちいち悲嘆に暮れているうちに一日が終わるというような場面を思い出した。
リーデルのワイングラス4客を持っていくかどうか…母は迷い、娘はそれをうんざりしながら指摘する。

村上春樹スプートニクの恋人も思い出し、
女の子の引っ越しを男の子が手伝う、これも夕方の場面があったと思う。
ショートパンツを女の子は履いていて、男の子が彼女をいとおしく思うような場面だったのではないか…
とても切ない、場面だったと思う…夏の暑いさなかに読んだっけな。図書館から帰る坂道で、せつなくなったな…

以上のような、妄想読書も並行し、リアルな読書、あたらしい仕事へ向けての予習勉強、友達へのあいさつ、家族への相談、公的な手続き、あたらしい生活の構想(?!)、物の購入などもしてしまい、マイペースにてんやわんやであった。
体力的にも、精神的にも、力いっぱいだった。この夏に。図書館へ1.2km自転車を押して本を担ぎ、1日1往復連日通った日々は、きっと忘れられない。
最後には、力尽きて、専門書を寮に捨ててしまった。
服も、20Lの袋に約5袋捨てた。譲れたら良かったが…。フリマで買ったほとんどが300円。
CDも捨てた。iTunesに入っているから。

今や、全てのものが最後にはゴミになる、という目線で全てのモノを見ている。
だから、食べ物以外は、ようよう買わないようになったような気がする。
お金では買えない深い学びになった。
ひとに贈り物をするにしても、モノを差し上げても、もう要らないのかもしれない。
結局、写真もゴミになるし、記憶しか残らない。
だから、いい気持ちをひとと共有したいし、モノとして残せない よい場や経験や時間や思いを作って(つくるという言葉がふさわしいのかわからないが)、それがひとの記憶として残るといいな、と思う。
短期的には、モノとしてつくるとしても、そのプロセスで生じる思いや生じる場やエネルギーが最もつくりたいもの、届けたいものなんだと思う。
それが、「世界」ということなんだと思う。世界が立ちあがる。
この経験は、これからの仕事や人生にも活かしていきたい。

さらに、お金の精算や、インターネットサービスの整理なども行った。
最近巷で流行る「断捨離」は、これのことだろうか。
気持ちがすっきりとして、あたらしい生活へ向かうエネルギーが湧いてくる感じがする。
ひとりでまだ若いので、離れたいものから離れられるし、捨てたいものを捨てられるけれど、歳とってくると、そうはいかないのかもしれない。

これからも、変化を恐れず、大胆に(?)、あかるく、あるいていこう。

と書いていたら、よしもとばななさんも、引っ越しされたそうで、不思議とはげまされた!
http://www.yoshimotobanana.com/diary/